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【01 農産活動報告】
2011-08-25
関西・中四国ブロック会議&若者集会特別編 開催報告
今回は飛び入り参加をさせていただいた、Radix の会の制作物担当のデザイナー・西村が外部の人間から見た濃い2 日間をお伝えします。技術的、詳細な報告は事務局からの報告書をぜひご覧ください。
スケジュール
【8 月5 日(金)】
●徳島駅近く阿波観光ホテル集合
●鴨島自然農法グループ・久米さんの圃場見学
●リバーサイドうつくし村・宮崎さんの圃場見学
●阿波観光ホテルで生産者情報交換
●交流会〜徳島の夜の街へ(二次会・三次会・四次会)
【8 月6 日(土)】
●光食品さん上板工場で関西ブロック会議
●光食品さん工場見学
●若者集会特別編 in 光食品(光食品島田社長からのお話)
参加者 生産者42 名(12 団体)/らでぃっしゅぼーや12 名(農産・大阪センター・中部センター)/スタッフ3 名(おまけ1 名)計62 名
8 月5 日、阿波踊りを目前に控えた徳島は、夏真っ盛り。ときおり小雨もぱらつくものの蒸し暑さも全開です。
ホテルに集合した参加者は2台のバスに乗り込み圃場見学に向かいます。ゆったりとした流れと、広く茂った植生が印象的な吉野川……えぇぇっ?河川敷(もちろん堤防の外側)に広大な田んぼが。これは洪水は喜んで受け入れる、ナイル式農法ですか?と驚いているうちに鴨島自然農法グループ・久米さんの圃場に到着。
2台のバスに分乗して出発!車内の皆さんのリラックス度はまだまだのよう。この後、運転手さんに過酷な試練が待ち受けていようとは…
ナス、キュウリの畑を前に息子の健文さんから圃場説明。自然農法の超ハードな畑(野菜のパワーを最大限引き出すスパルタ農法でしょうか…)に一同驚愕。その後の水田見学で目が釘付けになったのはショッキングピンクのジャンボタニシの卵。まるでラズベリーのような卵が稲の緑に映えていました。(鳥肌必至)
雑草を食べてくれるというジャンボタニシは微妙な水管理が必要だそうで、しっかりかじられてしまっている稲も…。
久米さんのナスとキュウリ畑では「ここは息子担当」と健文さんにマイクをバトンタッチ。田んぼでは久米さんの説明が耳に入らないほどピンクの物体に釘付けに
次に向かったのはリバーサイドうつくし村・宮崎さんの圃場。「これ以上進めません〜」という運転手さんの悲鳴を聞きながら進んだ先は、近くに渓流が流れる山深い圃場。山がすぐそばまで迫る圃場にはピーマンがたわわに実をつけていました。
宮崎さんの説明に耳を傾け、そこここで技術談義に花が咲きます。
宮崎さんのピーマン畑。技術談義の後は記念撮影…横に広がりまくってカメラマン(素人)泣かせ皆さん。
圃場を見学後は阿波観光ホテルに戻り、生産者情報交換。
2日目の若者集会に参加できない生産者さんたちを中心に、グループごとの自己紹介。栽培野菜や特色を語ってくれました。
さて、お楽しみの交流会は地元の居酒屋さんで。徳島の新鮮な魚、おいしい阿波鶏、食べきれないほどの食材が並びます。
今回は若い世代の参加者(最年少19 才)がとても多かったにもかかわらず、大先輩たちに物怖じすることなく大いに盛り上がりました。いつもの「若者集会と言いつつ、少々とうの立った若おやじ集会」ではない模様。なんとも心強い風景です!
その後2次会3次会、そして4次会までと熱い話は尽きることがなかったようです。
全員の自己紹介で盛り上がった後は、誕生日の畑さんにハッピーバースデイの歌のプレゼント。ウッシーの伴奏より、かわいいマイクスタンドにみんな注目。
2日目の8 月6 日は有機青果を原料とするケチャップ・ソースをはじめ、こだわりの商品を作り続けている 光食品さんの工場にお伺いしてのブロック会議。農産部からの今回の震災の報告、原発事故に関係する注意事項は関西の生産者さんにも関わる気になる事項です。
その後、生産者さんからの買い取り価格や有機JAS 野菜に関する要望などが出てきましたが、有機JAS の根幹に関わる深い議論もあり、今後ひき続き考えていかなくてはならない重要なテーマだと感じさせるものでした。
活発な意見交換の後は「環境保全型工場」の見学。帽子をかぶり、靴を消毒してエアシャワーで念を入れます。ありとあらゆるところで徹底された工場に「いったいどれだけお金がかかってるんだ…」というめ息まじりのも。
と言いつつ、お金云々ではないしっかり一本筋の通った姿勢に、「経済活動」と「環境保全」の両立のヒントが見えたはずです。
残りかすを利用した堆肥場、屋根のスプリンクラー、フットスイッチ、エアシャワー、工場内を覆ったステンレス、LED ライト、効率よく働く作業員の方…とことん循環させ、使用電力を抑え、清潔に保つ、ものすごい工場!
昼食後の若者集会では、島田社長から光食品が取り組んでこられた道のり、製品について、苦労話など、若い世代に向けてたくさんのお話をいただきました。
「有機農産物が大量に余ってしまったときはご相談ください」という島田社長の一言には、みな興味津々の様子。具体的な質問も飛び出しました。
そして集会の最後には、今回のまとめ役・農産部会理事の宮垣富雄さんから、西日本での活発な交流を望むごあいさつで 終了しました。
今回は遠く愛知から駆けつけた方々をはじめ、本当に元気な若者がたくさんでした。おやじたちの経験と技に、彼らの好奇心と行動力が加わった近い将来を一人想像し、ニヤニヤの止まらない西村でした。
ぜひとも「図解若者集会」2 号を発行できるような、若者パワーを見せてください。作らせて〜〜!
注)イラストは多少(?)フィクションを含みます。ご了承ください。
【01 農産活動報告】
2011-07-28
九州・沖縄ブロック会議 開催報告
2011年7月15日(金)~17日(日)の3日間、九州・沖縄ブロック会議が開催されました。これまで、九州・沖縄地区のブロック会議は、交通の便の問題もあり、九州で行なわれるのが通例でしたが、上村農産部会理事(水の子会代表)からの呼びかけにより、沖縄での開催が実現。「今ひとつ元気がない日本の中で、音楽にしても芸能にしても沖縄の元気さがとても際立っている。きっと、沖縄には人を元気にする秘密があるはずだ。かの地の文化や伝統、そして沖縄に暮らす人々から学び、我々も元気を取り戻そうじゃないか!」との上村理事の掛け声のもと、九州地区生産者を中心とした14団体・63名とらでぃっしゅぼーや&Radixの会スタッフ15名の計78名は、一路沖縄へと旅立ちました。
※本会議に関しては、詳細な報告書を作成・後日配布予定です。
<九州・沖縄ブロック会議 全行程>
■7月14日(金) /那覇
12:20…那覇空港ロビー集合(受付・資料等配布)→バスにて移動
13:00…昼食
14:00…佐喜真美術館
14:50…宜野湾 嘉数高台
16:20…九州・沖縄ブロック会議
‐沖縄の生産者さん(3名)からの発表
17:30…らでぃっしゅぼーや農産部からの報告
18:00…Radixの会からの報告
18:15…閉会→交流会
■7月15日(土)/那覇→宮古島
9:30…那覇空港発、宮古島へ
10:20…宮古島着→生産者圃場へバスにて移動
10:50…圃場視察
‐渡真利貞光農園(ピーマン)、クマザ農園(マンゴー)
13:00…昼食
14:00…地下ダム資料館見学
15:30…多良川酒造見学
16:00…ホテル着→九州・沖縄ブロック会議(宮古島編)
‐宮古島の生産者さん(3名)からの発表
18:15…閉会→交流会
■7月16日(日)/宮古島→那覇
8:30…ホテル出発→宮古島内見学(東平安名岬、前浜ビーチ)
11:30…昼食
12:10…宮古島発、那覇へ
14:00…那覇空港着・現地解散
熱い想いが嵐を呼んだ?!
予想外の台風接近に、スタート前から波乱万丈の予感…。
いよいよ九州・沖縄ブロック会議が目前に迫った14日(木)、準備は万端、あとは現地へ向かうだけとなった段階で発生した台風6号。予想進路は沖縄直撃。なんとタイミングの悪い…と嘆いてばかりいられないRadix事務局では、急きょ参加者の皆さまに台風接近のお知らせを配信。その時点での沖縄上陸予想は18日。台風の進路と速度次第では、最終日に帰りの飛行機が飛ばない可能性を十分にはらんだ予想が出ています。すでに台風2号による大打撃を受けている沖縄の生産者の皆さんにこれ以上の被害が出ないことと、初めての沖縄でのブロック会議開催が中止にならないよう祈りつつ、ブロック会議当日を向かえることとなりました。
開催前日、参加者の皆さまにFAXすることになった、台風接近のお知らせ
身を持って沖縄の現実を知った1日目。
沖縄の基地問題は、テレビの中ではなく生活の中にある。
1日目、台風の影響はまだ現れておらず、那覇空港に無事到着。九州はじめ大阪や東京からもご参加の皆さまも次々に那覇空港に集合。全員の到着を確認した上でバス移動し、沖縄そばで昼食。慌ただしいスタートの中、最初の視察先は「佐喜眞(さきま)美術館」でした。ここは佐喜眞道夫氏が館長を務める私立の美術館。戦後、普天間基地の一部として使用され続けてきた土地の一部と取り戻し、「もの想う空間」として1994年11月23日に開館。佐喜真館長のコレクションである、ケーテ・コルビッツや上野誠、草間彌生、ジョルジュ・ルオーなどの作品が所蔵されていますが、特に有名な所蔵作品として知られているのが、丸木位里・俊夫妻による「沖縄戦の図」です。
丸木位里・俊夫妻は“ヒロシマを見た画家”として、「原爆の図」を描いたことでも有名です。教科書で見たことがあるという方も多いのではないでしょうか?「沖縄戦の図」は、ご夫婦が沖縄戦を研究し、生き残った方と現場に立ち、多くの人々の記憶を感じ取りながら創り上げた絵なのだそうです。4m×8.5mという巨大な絵の中には、多くの人々、死体、髑髏が描かれており、ただただその凄まじさに圧倒されるばかり。絵の中の人物のほとんどは瞳に描かれていないのは、極限状態に追い込まれた人々が生きるため、己の精神状態を保つために、自らの感覚を麻痺させ“生きる屍”として生きざるを得なかった現実を表現したのだそう。しかし、絵の中央の3人の子どもにだけ描かれた瞳に、未来への希望が表現されていることが、この絵の救いになっているのかもしれません。
館内撮影禁止のため、パンフレットに掲載されている「沖縄戦の図」を撮影
佐喜眞美術館はかつて普天間基地として使われていた場所でした。つまり、すぐとなりが普天間基地という立地にあります。建物の屋上からは、普天間基地が一望でき、敷地のすぐそばには、立ち入り禁止を告げる看板と、何人たりとも寄せ付けない威圧感を放つ高いフェンスと有刺鉄線があります。建物の屋上にある階段は6月23日の「慰霊の日」より6段・23段になっています。さらに、階段を登った先にある小窓からは慰霊の日の夕方の太陽の光が一直線に差し込むよう設計されており、沖縄にとって戦争は終わった物ではなく、今なお続いているものなのだと、その空間に身を置くだけで感じさせられたのでした。
佐喜眞美術館庭園(奥は亀甲墓)
屋上からの景色。奥は普天間基地。手前の緑地帯も基地の敷地
美術館へ向かう道沿いに続くフェンスに掲示されている基地を示す看板
次に向かったのは、宜野湾の嘉数高台でした。佐喜眞美術館の屋上からも普天間基地を見ることができるのですが、この高台はさらに基地の存在をリアルに感じられる場所。美しく広がる沖縄の伝統的な背の低いコンクリートの建物が並ぶ向こう側に広がる広大な基地。普天間基地は、宜野湾市の一番いい場所、中心地に立地しているのだそう。「基地が沖縄経済を支えているという一面もある」との報道を耳にすることもありますが、街の最も要となるべき場所を基地が専有している現実を前に「もし、この場所が基地ではなく、沖縄の人々の商業や生活の場であったら…」と考えずにはいられません。
この高台での見学には、わざわざ宜野湾市基地渉外課の新里課長がご説明のために足を運んでくださいました。説明を受けている間、ひっきりなしに爆音を轟かせてすぐ側を飛んでいくのはアメリカ軍の軍用ヘリコプター。わずか30分にも満たなかったと思います。その短時間に通過していったのは10機を超えていたでしょう。さらに驚いたのはその距離の近さ。普通、上空を飛行するヘリコプターをカメラで撮影しようと思っても、マメツブ程の大きさにも映らないはず。それが、まるで精度の高い望遠レンズを使ったかのように大きく写っていました。すぐそばにある小学校からは、軍用機を操縦するパイロットの表情さえ見ることができるということなのですから、その飛行距離の近さが伺えます。
基地方面を指差し説明する宜野湾市基地渉外課の新里課長
宜野湾市の街の向こうにはっきり見える普天間基地
爆音を響かせながら普天間基地へ向かう軍用ヘリコプター
展望台には、基地が起こした事故を伝える新聞記事や写真が設置されていました
ここからが本番!
九州・沖縄ブロック会議(沖縄編)開幕。
佐喜眞美術館と宜野湾の嘉数高台の見学を終え、一路会議会場となっている沖縄ホテルへ。農産部会のブロック会議といえば、やはり生産者が主役。作り手の語りがなくては始まりません。今回の九州・沖縄ブロック会議は、沖縄本島と宮古島の2箇所を移動するため、ブロック会議も2部構成に。1日目の沖縄本島編は、ブロック会議の沖縄開催を実現に導いた最大の功労者である、上村農産部会副理事の開会のご挨拶を皮切りに、沖縄本島で農産物の生産に勤しむ作り手3名による発表と、らでぃっしゅぼーや農産部からの発表が行われました。
九州・沖縄ブロック会議1日目は、歴史ある沖縄ホテルで開催
生産者の発表のトップバッターは、今回のブロック会議開催の現地ホスト役として、大変なご尽力をいただいた、生産者団体「真南風」の設立メンバーであり、現在は鳥取大学の准教授としてもご活躍されている家中(やなか)茂さん。「沖縄と真南風の歩み」と題して、沖縄各地の美しい写真と沖縄に生きる人々が紡いだ言葉を配したスライドを使いながら、沖縄という地で真南風という生産者団体が誕生するに至った経緯から、今日にいたるまでの活動の歴史、そして未来への思いを語っていただきました。
真南風の設立メンバーであり、現在は鳥取大学准教授の家中茂さん
沖縄の美しい風景と生き生きとした表情の人々、言葉がスライドで紹介された
二人目の発表者は「沖縄の有機農業について」と題して、トマト生産者の識名盛繁さん。沖縄の土壌は本州などとは全く性質の異なる“赤土”であるため、土づくりで一般的な手法が通用しません。大変厳しい環境の中で試行錯誤を続けた結果、ようやくたどり着いた独自の自家製堆肥。長年考え抜いた末にたどりついた栽培期間中の農薬・化学肥料不使用のトマト栽培に関する秘訣、栽培にかける強い思いなど、もの静かな佇まいから滲み出る力強い言葉で、その苦労と未来への思いを伝えていただきました。
生産者からの発表のシンガリを務めたのは、沖縄での新規就農者の近藤隆一さん。元らでぃっしゅぼーやの名物スタッフであった近藤さん。ある意味安定した都会でのサラリーマン生活を捨て、実戦経験などなかった農業に飛び込み、さらに親戚もツテもない沖縄を「好きだったから」という理由だけで選び、今日に至った経緯を紹介。新規就農には困難が多く、挫折してしまう人もいるという状況を、自分が好きな農業をし、好きな場所沖縄で、しっかり食べていけるだけの収入を得られるようになることで、新規就農を目指す人の希望を開きたいと、強い言葉で語られました。
らでぃっしゅぼーやからの発表に立ったのは、後藤和明農産部長。Radixの会事務局長時代からの「後藤節」は変わらず健在です。今回は、3・11東日本大震災と福島原発の問題発生後ということもあり、らでぃっしゅぼーや会員や販売状況、震災への対応など、深刻度の高いテーマが中心となりましたが、そこは名物部長。持ち前のポジティブシンキングで、真剣な話しの中にも笑いをとりつつ報告を勧めます。また、Radixの会からの報告も、兼任でRadixの会の常務理事としても走り回る後藤部長から行われました。話の中心は、来年2月に迫ったRadixの会の2年に1度の大イベント「Radix総会」について。例年の著名人を招いてという例年通りの内容ではなく、趣向を変えた企画を検討していることを発表されました。皆さま、2013年2月25日のRadix総会に乞うご期待です!
らでぃっしゅぼーやの後藤農産部長。Radixの会の常務理事でもあります
飲んで、歌って、踊って、笑って…
沖縄流の交流会で、生産者たちの夜は更けて
会議はとどこおりなく進行し、無事に閉会。続いては皆さまお待ちかねの交流会。場所は同ホテル内の宴会場です。卓上には沖縄の伝統料理と和食を融合させたメニューが所狭しとならび、ビールはもちろんオリオンビール!隣り合った席の方と名刺交換をする方、久しぶりの再開を喜び酒を酌み交わす方、意気投合し熱の入った話を繰り広げられる方と、なごやか&賑やかに沖縄の夜は更けていきました。途中、プロによる琉球三味線と踊りが始まると、合わせて踊りだしたのは沖縄の生産者の皆さん。照れることなく自然に踊られる姿に、暮らしの中に音楽と踊りがしっかり根づいていることを実感。この様子に、何があっても最後は笑って踊って歌うという琉球の文化が、多少のことにはへこたれない沖縄を支えているのかもしれないと思わされました。
最近、沖縄の方言の代表格の一つとして耳にすることの増えた「なんくるないさー」という言葉。「なんとかなるよ~」という意味だと教えられることが多いのですが、何の努力もせずなんとかなるというニュアンスではなく、「きちんとするべきことをしたのであれば、あとはなんとかなる」という意味であり、“人事を尽くして天命を待つ”といったニュアンスの言葉なのだそうです。赤土という特殊な環境や台風などの自然の猛威をうけながらも、するべきことをマジメにやり、ちょっとのことでは諦めず、さらによい方法を探して日々農業に取り組み、楽しむ時は心のそこから楽しんでおられる沖縄の生産者さんの踊りには「なんくるないさー」という言葉が本当に似合っていると思えた、1日目の夜でした。
いよいよ宮古島!
盛りだくさんの内容に大忙しの2日目
2日目のスタートはちょっと早めの朝食から。皆さん、2次会・3次会と盛り上がった方も多い中、朝の食堂には元気な参加者の皆さんの姿が。この後すぐに宮古島に飛ぶのですから、自然と早く目が醒めてしまったのでしょうか?この日も天気は快晴。引き続き台風は接近中ではありますが、その気配はありません。早々の支度を終えた一行、バスで那覇空港へ向かいます。9時半発の飛行機で一路宮古島へ。1時間後には宮古の地に降り立っていました。
いざ、ほ場視察へ。
マンゴー農場の視察では、思いも寄らないサプライズも
空港からバスに乗り、向かったのは宮古島生産者のほ場。見学するのは2ヶ所。最初に向かったのは、早くから宮古島の問題であった水問題に目を向け、持続可能な有機農業に取り組み続けているピーマン農家の渡真利貞光さんの農場です。渡真利さんのほ場の特徴は“土ごと発酵”してしまうこと。普通、別の場所で作られた堆肥をほ場に持ち込み、適量を入れることで土を作りますが、渡真利さんの場合、ほ場自体を発酵させてしまうのです。足元に落ちていた木の棒を手にした渡真利さん。「こんな木でも、すぐ土になってしまって、跡形もなくなるよ」と。まさに生きている土です。参加者にはそのほ場でとれたばかりのピーマンが振舞われ、皆さんそのまままるかぶり。「ん?いや、これは甘いね~」「みずみずしいよ」とあちこちから感嘆の声が聞こえてきました。
照りつける日差しの中、渡真利さんのハウスへ
「このくらいの木もすぐ土にもどるよ」と渡真利さん
蒸し暑いハウスの中、吹き出す汗をぬぐいながらの見学
「ん~、甘いねぇ」もぎたて渡真利さんのピーマンをかじる参加者
次の視察はクマザ農園さん。タレントの島田紳助氏がここのマンゴーに惚れ込み、テレビの企画で猛プッシュしているということなので、ご存知の方も多いのではないでしょうか?到着した場所は普通のほ場らしくなく、喫茶店のような店やワゴン車での物販などもあります。どうやら、テレビ番組の企画でこういった施設が作られている様子。その時「あ!のっちだ~」と参加者から驚きの声。その方向を見るとオレンジ色の建物から、お笑いコンビ「デンジャラス」ののっちさんが顔を出されています。後で知ったのですが、番組の企画でクマザ農園のマンゴーを使ったジュースやパフェが販売されており、のっちさんはその施設の支配人としてちょうど宮古島に来られていたのでした。
クマザ農園のハウスの中。さすがに暑い
パーラーKUMAZA前。肖像権の問題でのっちさんの写真は掲載NGです
パーラーで購入したボリューム満点のかき氷に舌鼓
参加者全員にマンゴージュースが配られました
おすそわけでいただいたミニマンゴー。ミニでもおいしさはビック
地下ダム資料館、泡盛メーカー見学
宮古島の風土を生かした、生活の知恵を垣間見る
ほ場をあとに、一行が向かったのは海宝館という施設。ここで昼食としばしの休憩。世界中の海から集められた貝を展示した「貝の資料館」を見学する人、おみやげを探す人、すぐ近くの海岸に行き、思わず海に飛び込み泳ぐ人、それぞれの時間を過ごします。
おもわず海宝館の側にある海岸でひと泳ぎする参加者。うーん気持よさそうです!
つかの間の自由時間の後、我々が向かったのは地下ダム資料館。宮古島は山や川がない平坦な地形な上、珊瑚礁が発達してできた琉球石灰岩という地質が多くを占めているという特徴がありますが、この特徴のため、長年水問題に悩まされてきました。それを解消したのが“地下ダム”です。水を通しやすい琉球石灰岩にコンクリートの杭を打ち込むことで、地下に水が貯水できるようにしたのです。このダムにより、宮古島の水事情は劇的に改善されたのだそう。宮古島ではあちらこちらでスプリンクラーから畑に水を撒いている様子を見られますが、この水も地下ダムのものを利用しているのだそうです。
この施設を案内してくださった川満真理子さんは、かつてこの施設でガイドとして働いておられた方。なんと宮古島の水問題を通じてピーマン農家の渡真利貞光さんと出会い、現在はよきパートナーとして共に歩まれているのだそうです。
地下ダム資料館。中は撮影禁止とのことなので、外観をご紹介
畑に水を撒くスプリンクラー。この水は地下ダムの水だそうです
続いて向かったのは多良川酒造さん。琉球王朝やちゅららといった泡盛を作られている酒造メーカーさんです。見学したのは、泡盛を熟成させるために地下に設けられた蔵。薄暗く、少しヒンヤリした入り口の先にある階段を地下へ地下へと進むと、泡盛の強い香りが漂ってきます。階段の先には、数えきれないほどの泡盛が。瓶には住所や名前などが書かれた札が下げられており、ここに預け熟成させたものを、将来飲むのを楽しみに預けておられる方が沢山いることを伺わせる光景でした。
いよいよ大詰め
九州・沖縄ブロック会議(宮古島編)に突入
足早に盛りだくさんの視察・見学を終え、ブロック会議会場兼宿泊先のホテルキョウワへ。皆さん疲れた様子も見せず、足早に会場へと向かいます。この日のブロック会議では、今回の沖縄開催を最初に提案し、実現に大変な尽力をされた上村農産部会副理事のミニ講演と、宮古島生産者からの近状報告が行われました。
後藤常務理事からの簡単な説明の後、壇上にたったの上村副理事。「かくて(こうして)、500ヘクタールの農地は救われた」と題し、偶然の積み重ねで出会ったとある方との出会いとある日訪れた天啓をきっかけに始まった、不思議な体験をお話くださいました。地域の壮絶な反対運動や周囲の無理解にめげず、最後まで解決策を探し続けて、逆転勝利を勝ち取った様子。さらに、その上村理事のとられた行動によって、水害から難を逃れた多くの場所があったこと。そしてその偶然は、本当に偶然だったのか。それとも必然だったのかという摩訶不思議な体験に、参加者も興味深く耳を傾けていたようです。
上村副理事のミニ講演に続いて壇上に立ったのは、宮古島の生産者3名でした。一人目は、午前中のほ場視察でもお世話になった、ピーマン農家の渡真利貞光さん。「宮古島の地下水保全と有機農業の展開」と題して、宮古島の水事情を詳しくお話してくださいました。元々、琉球石灰岩という特殊な地質の影響で、水については多くの問題を抱えてきた宮古島での農業。化学肥料の使用が宮古島の海を汚しているという現実に真正面から向き合い、美しい宮古島を保ち、末永く皆が幸福に暮らせる“循環型農業”に取り組んできたお話は、他地域でも応用できるヒントが沢山盛り込まれていたように感じました。
続いては、パイナップル農家の平安名貞市さんによる「八重山パイナップルの始まりと今後」と題した発表。今だからこそ、宮古島の名産品の一つとして名が挙がる八重山パイナップルですが、かつて、ジュース用のパイナップルの需要しかなかった時代には、小ぶりなパイナップルは求められず、味よりも大きさばかりが求められ、その価格も到底ジュース用にする程度のものでしかなかったのだそう。そのような状況を変え、小さくても味がよく生食で喜ばれるパイナップルが定着する今日までの苦悩と努力、そして今後目指しておられる展望を語っていただきました。
最後の発表は、西川卓治さん。1日目の近藤さんと同じく、新規就農された生産者さんです。大阪出身の西川さん。20代前半は世界中を放浪し、風来坊のような生活を続けていた西川さんが、宮古島を根を張って生きる場所として選んだ理由から、沖縄本島とはちょっと違う、宮古島の新規就農事情を、経験者の視点から詳しく紹介してくださいました。
熱く続いた作り手の皆さんからのお話で締めくくられた2日目のブロック会議(宮古島編)。この後、我々を待っていたのは“宮古島流”のおもてなしでした。広いイベントスペースに並べられたテーブルにビールサーバー、仕出しの沖縄郷土料理。そして水の入った麦茶用のポット?と思いきや、これは泡盛をあらかじめ水で割ったものでした。いちいち割る手間を省くため、このような準備をするのだそうです。
フラダンスや地元歌手によるミニライブ、楽しい時間の中、行われたのが「オトーリ」。これは、宮古島伝統の風習で、酒の席で行われるのだそうです。楽しい雰囲気とオトーリによるお酒の力も手伝って、最後は皆さん賑やかに農業論を語り、日本の未来を語り。そして2日目の夜も更けていったのです。
2日目もやはり踊り歌い、宮古島の夜は賑やかに更けていったのでした
名残り惜しく最終日
少しだけ観光気分を味わい、それぞれの岐路へ
最終日。皆さん2日分の泡盛もまだ残っているはずなのに元気。朝7時半の朝食会場では、元気に挨拶を交わす声が聞こえます。台風は少しずつ進路を変えているものの、まだまだ油断はできない状況。午後に宮古島を発ち、那覇空港での解散まで、気が抜けない状況。台風は九州方面に進路を変えているという情報もあり、九州から参加の皆さまは気が気でない様子。
そんな中、最後に少しだけ観光気分をとの計らいで、東平安名崎と前浜ビーチへ。
東平安名崎は2007年には国の名勝に指定された観光名所。その美しさは息を飲むほど。
その後に向かったのは、東洋一の白い砂浜と呼ばれる与那覇前浜ビーチ。2010年には「日本のベストビーチ20」(世界最大の旅行口コミサイト「TripAdvisor(R)」の日本法人であるトリップアドバイザー株式会社によるもの)で1位に選ばれるほど、その美しさには定評のあるビーチ。砂は白くサラサラ。さすが東洋一の白い砂浜です。もしもの時のために水着を持ってきていた参加者は水着になり、持っていない人は「もういいや」と言わんばかりにTシャツで飛び込み、沖縄の最終日を満喫できたようでした。
残念ながら、前浜ビーチの写真は撮影していなかったので、前日の様子を…
本年の九州・沖縄ブロック会議。念願の沖縄初上陸大会は、大成功のうちに終了。この様子は、後日作成予定の報告書で、ご参加の皆さまにお届けする予定です。
(報告:Radixの会 小川)
【01 農産活動報告】
2011-06-16
利根川みどりの会定方さん圃場見学
6月10日群馬県太田市にある利根川みどりの会の生産者である定方さんの圃場を見学しました。
太田市の気温は高く夏は37℃~39℃になるのは当たり前で、今では夏より冬のほうが作物を栽培しやすく、去年の猛暑でごぼうの立ち枯れや長雨が原因による病気など作物への直接的な被害も多かったようです。さらに高温で雨が多くなると雑草がたくさん生えて圃場の半分くらいまで草むしりをしても、一番はじめにやった部分からまた雑草が生えてきてしまうこともあったそうです。
そのため地面を裸にしないようにえん麦やマルチ麦を播種し、草生栽培をおこない雑草の抑制、地温の上昇を抑えています。そして夏作付けする土壌は比較的砂の圃場、冬作付けする粘土質の圃場と分けて栽培されています。更には馬力が違うトラクターを夏の圃場と冬の圃場で分けて2種類使われているのだそうです。
肥料設計は信末堆肥を中心に緑肥を活用し、苦土に重点をおいて施肥しているそうです。
今収穫中のごぼうの圃場です。収穫するときは地上の葉と茎を刈り取り地中の根を収穫します。
定方さんは圃場や作業、天候によって様々な農機を使っています。農機の多さと使う目的にそんなところまで気を配っているのかと自分も驚きました。その農機の一部を紹介します。
トンネルマルチ支柱打ち込み機。初めて見た機械でした。トンネルの支柱を打ち込み、さらにトンネルマルチを張ってくれます。こんな便利な物があるとは!
刃を逆に装着したロータリー。こうすることで耕うんするときに畑の真ん中が窪むのを防ぐことが出来るそうです。
トレンチャーという深耕機です。動くスピード、溝を掘る深さがそれぞれ違うものが3台あります。
定方さんの息子さんは農家を継がれていて、息子さんに技術や知識、農機具の継承をしていきたいと話されていました。農家は100年企業ならぬ1000年企業を目指すのだと定方さんはおっしゃっていました。そうするためには、農家の技術、知識、良き文化は自分たち後継者が引き継がなければならないものなのでしっかりと引継ぎ、更に発展させていかなければならないと感じました。
最後になってしまいますが、圃場を見学させていただいた定方さんありがとうございました。
Radixの会事務局 竹内 崇
【01 農産活動報告】
2011-05-24
温暖化対策セミナー in 秋葉原
2011年5月14日独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(略称:農研機構)、果樹研究所の杉浦俊彦先生をお招きして、東京都秋葉原で開催しました温暖化対策セミナーの概要をお知らせします。
[地球温暖化による環境の変化]
地球温暖化とは、毎日の気温が高くなるわけではなく、気温の高い日になる頻度が上がることです。なんと去年は過去112年間で平均気温が最も高かったそうです。気象庁の調べでは日本の平均気温は昨年までの100年で1.15℃も上昇していたそうです。このまま温暖化が続いていくと100年後には2℃~4℃日本付近の気温が上がるそうです。
降水量に関しては、年間の平均降水量には変化はありませんでした。しかし、1時間に100mlを超えるような大雨が降る頻度が今後高くなっていくようです。
また、海水の温度の上昇により、台風の発生率は低くなります。勢力の弱い台風は減少しますが、勢力の強い台風が今後増えることが予想されます。
[温暖化で想定される被害]
[果樹] 果樹は気候への適応性が低いため早い対応が必要なようです。
・着色不良遅延、果肉障害(桃のみつ症、梨のみつ症)発芽不良、
・凍霜病、品質低下、赤カビ病
[豆]
・青立ち、虫害増加
[野菜、花き]
・ 抽だい(葉菜類)、結球不良(レタス)、中心空洞(ジャガイモ)、着果不良、日焼け、発育不良(果菜類)、着色不良、尻腐れ(トマト)、花芽分化の遅れ(イチゴ)
[畜産]
・ 熱中症による死亡
・ 飼料摂取量低下
・ 乳用牛の乳生産量低下
・ 豚の繁殖障害
・ 鶏の採卵数減少
・ 牧草の夏枯れによる減収
[温暖化による被害の適応策]
・ 圃場の温度を下げる・・・散水、細霧冷房、細霧処理
・ 高温耐性の強化・・・穂肥の適正化
・ 対応品種の利用・・・高温に耐性がある品種の使用
・ 作物転換・・・作付けをする作物の変更
・ 遮光ネットの利用・・・日焼けを防ぐには遮光率6%くらいのネットを使用するのが効果的。
・ 野菜、米の播種の時期をずらす。
・ 米の深水栽培、田んぼの水の掛け流し
散水や細霧冷房など温度を下げる対策をするのが、非常に効果的であり
また野菜米の播種の時期をずらすのも去年のような残暑にならなければ非常に効果的なようです。
[今年の夏の予報]
今年の農研機構と気象庁では6月~8月の気温は西日本、南日本は平年より高めで、関東、東北地方は平年なみだそうです。
去年気象庁が冷夏を予測していたのに反して、記録的な猛暑になりました。しかし農研機構の研究者は猛暑になるだろうと予測していたそうです。農研機構の研究では、2000年以降4月の気温と8月の気温には関係性があり、4月の気温が低いと8月の気温が高くなるというデータも出ているそうです。
[質疑応答]
〈津軽産直斉藤さん〉
堆肥をいれても花芽が増えないのは温暖化の影響でしょうか?
〈杉浦先生〉
前の年高温だと次の年葉花芽が少なくなります。そして、温度が高いと花芽分化がうまくいかなかったり花芽の生長が遅くなります。
〈船久保商店 船久保さん〉
どういう点を重視して、新品種を開発しているのでしょうか?また、食味はどうやって調べるのですか?
〈杉浦先生〉
味、収量、病気の耐性など、開発する目的にあわせて、品種を交配させています。
食味は開発される品種が多いので機械で調べています。
去年はうだるような高温によって、実家で育てていたハウスのレタスも枯れてしまったりしたので、遮光ネット使用などの適応策は大変勉強になりました。また、農研機構の長期予報も去年気象庁が全く逆に予測していたのに、予報を当ててしまったのはとても興味深かったです。
温暖化セミナーに参加して改めて温暖化の深刻さを知ることが出来ました。温暖化はもうすでに日本の農業にとどまらず世界の食糧事情にもさまざまな影響をおよぼしています。
世界の人口が増加しているのに対して地球温暖化による農作物の被害、水不足を受けて、食料需要に生産が追いつかなくなりつつあります。温暖化の進行をくい止めるには1人1人が温暖化を意識して、温室効果ガスの排出量を減らしていくこと、省エネに努めることが重要だと思います。
(Radixの会事務局 竹内)
【01 農産活動報告】
2011-04-26
らでぃっしゅぼーや配送同乗レポート
Radix研修生の竹内です。
大震災からはや1ヶ月半が経過した4月22日、Radix研修の一つとして、らっでぃっしゅぼーやの配送車に同乗させていただき配送のお手伝いをしながら会員様のご自宅まで訪問しました。
出荷された新鮮な野菜が次々とぱれっとに入れられていきます。
9時30分から高島平にある首都圏センターでお届けする商品を積み込み、都内の会員様に野菜やお肉などをお届けしました。
らでぃっしゅぼーやの配送車です。冷蔵車なので商品の鮮度はバッチリ保たれます。
配送員の方は、一人で一日平均約70軒の会員様に商品をお届けするそうです。
配送していて会員様によく訊ねられたのが、やはり放射能のことでした。
「東北の野菜や、関東の野菜は少し心配・・・」
このような声を聞いてやはり風評被害は、深刻なものだと思わされました。しかし、こういった声とは逆に、
「らでぃっしゅぼーやの野菜だから安心して食べています。」
「風評被害に負けないで、がんばってください。」などという励ましの声に、とても勇気付けられました。
自分が群馬県の野菜くらぶの生産者で、レタスを栽培していることを伝えると
「群馬のレタスはおいしいから、外葉までたべています。」
「これからも、おいしくて安全な野菜をお願いします。」という言葉をかけてもらい、とても感動すると同時に、これからも栽培していて胸を張れる安全でおいしい野菜を作っていかなければならないという責任感も生まれました。
らでぃっしゅぼーやの会員様は、小さなお子様がおられるご家庭が多く、放射能や農薬を気にされるのは当然のことだと思います。しかし、放射能に汚染されていない野菜や産地が風評被害で悩まされていることをもっと知って欲しいと思いました。実際に食べても害はないと再確認してもらうことで風評被害は静まっていくのではと自分は考えます。


