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【レポート】
2011-04-21
陸前高田支援物資お届け報告
4月8日(金)9日(土)、Radixの会で実施した、
岩手県陸前高田市・八木澤商店さんへの支援物資お届けの様子を報告します。
<参加メンバー>
○野菜くらぶ 澤浦社長(Radixの会会長)
○津軽産直組合 斉藤代表(Radixの会農産部会理事)と息子さん
○松本醤油商店 松本さん、松村さん
○常盤養鶏農業協同組合 唐牛さん
○ファーマーズクラブ・赤とんぼ 北澤社長、横山副社長
○らでぃっしゅぼーや 緒方社長、益さん
○Radixの会 後藤(Radixの会常務理事)、竹内、小川
<支援物資品目>
・ファーマーズクラブ・赤とんぼさん…無洗米30kg×4、切り餅500g×88袋
・津軽産直組合さん…りんご800kg、煮りんご一斗缶×15個、りんごジュース1L×40本、野菜100kg
・常盤養鶏農業共同組合さん…卵300kg
・松本醤油商店さん…醤油1L×20本、酒×16本、各種衣料品、日用品、米、等
・宮崎有機農業研究会さん…さつまいも100kg
・長有研さん…ジュース1L×20本
・Radixの会…ライト、魚缶詰、野菜ジュース、乾麺(うどん)、木炭、ろうそく、等
<その他のお届け品>
・らでぃっしゅぼーやより
…らでぃっしゅぼーや会員さまからの応援メッセージ、らでぃっしゅぼーや社員の皆さんの寄せ書き
<日程 Radix事務局出発組>
8日(金)
9:20…東京出発、首都高速、若干渋滞アリ
10:20…大宮にて澤浦社長をピックアップ、以降高速
12:00…PAにて休憩、昼食。道路状況確認
13:30…福島県入り。序々に道路の状況が悪くなり振動が多くなる
14:00…安積以北、自衛隊、医療車両等限定走行規制のため、一般道へ
15:00…国見のホームセンターで物資追加調達。カセットボンベ、木炭、灯油等
16:30…一関市内。前日の余震で市内停電、信号も止まっていた
19:00…宿到着。他メンバーと合流
9日(土)
8:00…一関出発、陸前高田へ
9:00…陸前高田ドライビングスクール着。支援物資荷降ろし、八木澤商店跡訪問等
14:00…現地出発
22:00…東京着
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今回の震災で、被災されたRadixの会会員の中でも、
特に被害の大きかったメーカーのひとつが、岩手県陸前高田市の八木澤商店さんでした。
八木澤商店さんといえば、Radixの会の会長を2期つとめられた河野和義さんの会社。
奥様の光枝さんもRadixの会の副会長をつとめられた経験をお持ちで、
今のRadixの会の基礎を築かれた功労者のお一人です。
Radix会員の皆さまからの問い合わせも「河野さんは無事か?」という内容が際立って多く、
Radixの会でも早い段階から、陸前高田への何らかの支援活動を計画していました。
そして、刻々と変化していく現地の状況を睨みながらの日程・内容調整を経て、
4月8日(金)・9日(土)の2日で、陸前高田への支援物資お届けが実施されました。
大量の缶詰も準備
4月8日(金)
Radix事務局出発組は9時20分に、東京のRadix事務局を出発。
レンタカーに支援物資表示を貼りつけて出発
交通手段は車。高速道路を使い現地へ向かう計画ですが、
被災地近くでは、まだ通行できない場所もあり、移動は1日がかりです。
首都高速で渋滞に若干巻き込まれたものの、予想以上に順調な滑り出し。
途中、大宮で澤浦会長をピックアップし、一路東北へ。
順調に向かう中、時々見かける「救援物資」「ボランティア」等の紙を貼った車を見かけると、
今が、平常時ではないことを自覚させられます。
途中、PAで昼食をとりつつ、進路と道路状況を確認。
やはり、高速は途中で降りなくてはならないことが判明。
また、前日の大きな余震の影響で一度電気が復旧した地域でも
再度停電していることから、早めの給油が必要だろうということに。
進路を確認。PAの無料冊子付録地図が役立ちました。
13:30頃、福島県入り。このあたりから、車の揺れが大きくなることが多く、
地割なども目にするようになりました。
とはいえ、地割も修復が終わっている箇所もあり、復旧は少しずつ進んでいる様子。
安積に差し掛かったところで、
以北は自衛隊、医療関係車両のみの通行のため一般車両は一般道へ。
一般道に降り、ホームセンターで物資を追加購入。
被災地からまだ距離があるものの、被災地で求められるような商品は軒並み売り切れ。
カセットボンベは、偶然入荷のタイミングに居合わせたため、奇跡的に購入できました。
夕方、雨がポツポツと降り始めます。
別ルートで来ているメンバーから、道の途中に落石があり、通行止めになっているとの連絡。
宿のある一関市は、前日の余震の影響で、停電しており、信号も付いていない状態。
交差点などでは、他の車と譲り合いながらノロノロ走行。
日がくれてからは、さらに視界が悪くなり、車のライトだけが頼りです。
19:00、宿に到着。この宿も、壁にヒビが入るなどの被害をうけておられました。
宿も当然停電中で、食事の用意はできるものの、風呂は沸かせないとのこと。
このような状態なので、夕食はナシでも仕方ないと思っていたのですが、
電気がない中どうやって作ったのかと思うほどの内容。出していただけるだけで十分という気持ち。
このような状況でも、がんばって元気に営業されている宿の頑張りに、
こちらも出来る限りのことをしなくては、と思わされます。
移動に終始した1日目、翌日はいよいよ、陸前高田です。
4月9日(土)
朝8時に出発。目指す陸前高田へは1時間程度の道のりです。
前日の夕方に降り始めた雨は本格的に降り始めており、一日の雨模様は確定という雰囲気。
道路には地割があったり、建物にヒビが入っていたり、
地震の被害を思わせるところも、さすがに増えてきていましたが、
が、倒壊している建物などは見当たりません。
そんな、風景を横目に山道を50分ほど進んだあたり、
そろそろ山を抜け、平地に差し掛かるという所で、風景は一変しました。
ありとあらゆる建物が流され、車もまるでおもちゃが転がっているよう…。
とても、現実とは思えない。全員黙りこむしかない。そんな光景が広がっていました。
「未曾有」「前代未聞」「甚大」…どれだけ前例のないことを表す言葉を探しても、
この目の前に広がっている光景を表しきれる言葉が見つからない。
きっと、まだ、この光景を表す言葉がこの世には存在していないんだとしか言いようのない、
変わってしまった陸前高田の町が目の前にありました。
重苦しい空気の中、我々は淡々と目的地である陸前高田ドライビングスクールへ。
竹駒駅を過ぎ、10分もしたころでしょうか?ゆるやかな坂を登り、
風景も穏やかさを取り戻しつつあったころ、「あ、あそこ」と誰かが。
視線の先には、陸前高田ドライビングスクールの建物と、
河野前会長、9代目の通洋さんの姿が見えてきました。
はやる気持ちをおさえ、車を駐車。
我先にと飛び出し、涙、涙の再会でした。
河野会長との再会を喜びあった、参加者。
しかし、ゆっくり再会の喜びをかみしめているほど、時間の余裕はありません。
早速、持参した支援物資をお渡しする作業に。
支援物資を積んだ車を保管場所に横付けし、次々に物資を運びます。
米、餅、りんご、魚の缶詰、ジュース、卵、衣料品、日用品…。
どれだけあるんだ?と思うほど、次から次へと車から出てくる物資。
保管場所の事務所に入りきらず、別の場所にも保管することに。
バケツリレー式で運ばれていく物資。さすが、皆さん手際がよい!
津軽産直さんのトラックには、なんとりんご800キロとりんご煮一斗缶15個!
保管場所である陸前高田ドライビングスクールの事務所。物資で大変なことに…。
物資運びこみ合間の小休止。ホッとしたのか、笑顔も出るように
(左から、河野通洋社長、後藤Radix常務理事、澤浦Radix会長)
物資を無事お渡しし、一息ついたところで河野前会長「工場に行ってみましょう」
柔らかな雰囲気を醸し出す白いなまこ壁、昔ながらの風情を残す町並み。
あの美しい陸前高田の町はどうなっているのか…。
道中にみた、あの言葉に出来なかった光景がふと脳裏に蘇ります。
シトシトと雨が振り続く中、車で移動。
途中「あ、これうちの業務用の冷蔵庫」「これは、ご近所さんの店の貯蔵タンク」と
見えるものの解説をしてくださる河野前会長。
どれも、簡単に動かせるものではないのに、5キロ近くも流されている。
津波の威力をまざまざと実感しながら、車は八木澤商店さんの工場地へ。
「ここ、うちの駐車場だから、ここに駐車して」と河野前会長。
でも、駐車場はどこなのか、よくわからないような状況。
周りには…予想していたこととはいえ、何もありません。
延々と続く瓦礫。あの美しかった陸前高田はどこに行ってしまったのか。
ここが陸前高田であるという事実が、きちんと認識できない。そんな気持ちです。
そして、八木澤商店さんの工場はというと………。
八木澤商店の建物(左側)
あまりの惨状に、ただ黙々と歩くしかない我々を気遣ってか、
「ここが台所のあと。床のタイルがそのまま残ってるよ」
「これが醤油を搾る機械。手搾りのヤツは残ってないけどこれは残ったよ」
「見て、工場の上にタンクが乗っかっちゃってるんだよ」と
すこし饒舌に、状況を詳しく説明してくださる河野前会長。
また、明るいニュースとして、
醤油樽が見つかったこと、またこの機械搾りの機械が残っていたことで、
もろみを回収することができたということも、教えてくださいました。
津波はモノだけでなく、八木澤商店さんが200年という長い年月をかけて
培ってきた菌も流してしまいましたが、復活の可能性までも
完全に絶ち切っていたわけではなかったのです。
そのもろみは、今、成分分析に出されており、分析結果を待っている最中ということです。
そして、八木澤商店さんの裏にあったという小さな山を指さしながら
「あそこに神社があるんだけど、あそこに逃げてみんな助かったんだよ」と。
全員がここに逃げ、最後になった方が河野前会長のお母様を背負って
階段を駆け上がっている時、後ろを振り向くと、今登った階段が半分なくなっていたそうです。
しかし、八木澤商店さんのベテラン社員であった佐々木敏行さん、
つい最近まで研修生として一緒に働いておられた富永泰一郎さんは
残念ながら、帰らぬ人となられたそうです。
また、河野前会長の妹様も、まだ安否不明とのこと。
八木澤商店の従業員さんの中も、家族や親戚、友人知人をなくされており、
簡単に「無事でよかった」と言い切れない状況を、改めて痛感しました。
2日をかけて、実際に目にしてきた、陸前高田の町。
復興にどれだけの時間がかかるのか、想像もできないほどの状況であったものの、
河野前会長、社長の河野通洋さんを筆頭に、
被災された皆さんはもう、前を向いて歩き出されていました。
きっと、陸前高田の町は、復活する、
あの街並みは、かならずこの人達の手によって、よみがえる。
そんなパワーを感じながら、励ましにいったはずの私たちが、
逆に元気をもらって帰ってくるという不思議な体験でした。
今回の震災によって、被害を受けた場所は陸前高田だけではありません。
日本全体がかつての元気を取り戻すために、私たちは今、一時的に何かをするのではなく、
長期的に一緒にという気持ちで支援に取り組んでいくことが必要なのではないかと感じました。
※当日の様子は、野菜くらぶの澤浦社長(Radix会長)のブログでも報告されています。
澤浦社長ブログ「食べ物と農業と経営」http://blog.livedoor.jp/sawaurablog/
(報告:Radixの会 小川)
【レポート】
2010-09-28
2010年 加工食品合同会議・無事終了!
2010年9月17日(金)、18日(土)の2日間にわたって開催された、2010年食品加工合同会議。ご参加いただきました皆様のご協力もあり、大盛況のうちに終了することができました。ここでは、当日の模様をダイジェストでご報告します。
※詳細は、12月下旬発行のRadixニュースレター64号および会議開催報告書にてご報告予定です。
会議概要
■開催日
2010年9月17日、18日
■会場
芝パークホテル
■参加者数
メーカー様:65社・80名、らでぃしゅぼーやスタッフ:20名、Radixの会スタッフ:6名、計109名
会議スタート前
受付開始1時間以上前から、参加者が続々と集結!
あちらこちらで挨拶や名刺交換も始まり、スタート前から早くも大成功の予感。
13:00、いよいよ加工食品合同会議スタート
Radixの会オフィシャルムービーの上映からスタートした加工食品合同会議。
後藤事務局長の趣旨説明とご挨拶に続き、加工食品会議実現の立役者である
副会長の石川さんからも、当日の暑さに負けない、熱い想いのこもったご挨拶がありました。
14:00、らでぃっしゅぼーやからの発表
1日目会議のメインイベントは、らでぃっしゅぼーやからの発表!
山戸MD部課長からの会員数や販売動向の報告を皮切りに、浅田GL、藤巻GLも壇上に。
会員サービスセンターの発表では、会員さまの生の声やお手紙が紹介される場面も。
品質管理課は、交通標識をモチーフにしたクイズも盛り込んだ発表で、参加者の驚きを誘いました。
締めくくりはMD部の泉原部長。ここまで話してもいいのですか?!というほど
今後の方向性や商品開発の核心に触れる情報に、参加者の関心も一気に高まります。
会員サービスセンター・両角さん(左)、 藤ノ木さん(中央)、 根田センター長(右) |
16:30、参加メーカー様からの事例発表
2時間半にわたる、らでぃっしゅぼーやからの発表とつかのまの小休止の後、
メーカー様3社からの活動事例発表に。
各分野を代表するメーカー様からの詳細な取組み事例の紹介から、
今後の商品開発のヒントなどを得られた方も多かったのではないでしょうか?
庄内協同ファーム・小野寺さん |
17:15、締めくくりのご挨拶には、らでぃっしゅぼーや緒方社長が登場!
1日目の締めくくりは、Radixの会・澤浦会長が壇上に。
ご多忙な中、らでぃっしゅぼーやの緒方社長も駆けつけてくださいました。
長時間にわたった1日目の会議の後は、お待ちかねの懇親会。
会場では久しぶりの再開に喜び合う方、早速名刺交換に駆け回る方など、
さまざまな人間模様が繰り広げられていました。
Radixの会・澤浦会長 |
|
2日目、参加者のそれぞれの想いが熱弁を生んだ分科会
翌日は朝の9時から分科会がスタート。
醸造・発酵、惣菜、国産原料(小麦・大豆・こんにゃく)、国産原料(その他)の
4グループに分かれて、意見交換が繰り広げられました。
次回開催への課題と大きな期待を残し、
熱気覚めやらぬ中、日程を終えた今回の加工食品合同会議。
この会議から、新しい企画や商品が誕生するかもしれないという、
嬉しい予感をひしひしと感じた2日間でした。
ご参加の皆さま、2日間お疲れ様でした。
残念ながら今回は参加できなかった会員の皆さま、
さらに盛り上がること必須の次回会議には、ぜひご参加ください!
(報告:Raixの会・小川)
【レポート】
2010-09-27
らでぃっしゅぼーやトヨタ生産方式報告会
2010年8月25日、らでぃっしゅぼーや神奈川センターで、トヨタ生産方式の報告会が、開催されました。
らでぃっしゅぼーや㈱では、昨年の春から、首都圏センターを皮切りに、大阪センター、神奈川センターで、トヨタ生産方式の導入を実施してきました。
らでぃっしゅぼーやより、改善成果をRadixの会にもご覧頂き、ノウハウを共有して頂く機会としたいとのことでご案内を頂き、Radixの会からも数人の役員・会員、事務局員が参加しました。
トヨタ生産方式とは、トヨタ自動車で開発された生産方式で、ムダの徹底的な排除と、造り方の合理性を追求するシステム生産方式です。
その考え方は、「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」を基本としています。
「自働化」とは、異常が発生したら工程がただちに停止されて、不良品を作らない仕組みを構築します。各工程が責任を持って品質を作り込み、「次工程はお客様」と考えて、次の工程に部品を受け渡していくことで、最終的なエンドユーザーに、品質の保証された完成品をお届けすることが出来ると言う考え方です。
「ジャスト・イン・タイム」とは、各工程が、必要なものだけを、流れるように停滞なく生産することです。余計な在庫を持たずに、ムダなコストも掛からず、効率よく製造し、製品をタイムリーに、エンドユーザーにお届け出来ると言う考え方です。
クレームを無くし、お客様により信頼して頂き、安心してご利用頂ける様に、らでぃっしゅぼーやは、トヨタ生産方式を導入することにしました。
また、トヨタ生産方式を導入することで、職場改善が進み、人材育成にもつながります。
当日は、らでぃっしゅぼーやのトヨタ生産方式プロジェクトメンバーに、らでぃっしゅぼーやの緒方社長を始めとする経営陣、神奈川センターの協力会社であるサンインテルネット㈱さん、首都圏センターの協力会社の㈱全通さんも参加して、報告会が開催されました。(サンインテルネットさん、全通さんは、Radixの会の賛助会員でもあります。)
最初に、神奈川センタースタッフ、サンインテルネットさんからの取組み結果の報告が行われた後、現場のセンターの見学会が行われました。
報告では、ピッキングミスを件数、PPM数での目標値に対する実績値が発表され、共に目標達成の結果でした。
他には、2S(整理整頓)の達成状況も発表され、こちらは、問題のあった場所の、改善前と改善後の状況が、写真で発表されたため、具体的な改善状況を、分かりやすく知ることが出来ました。
センター見学では、センターの置き場がラインで明確に区切られ、物が整然と設置されていたり、汚れていた壁も、見る影もない程、綺麗に清掃されていたりいました。
ラインでも、ムリやムダな作業の原因が様々な工夫が行われ、各現場のパートさんから、しっかりとした改善状況の発表がありました。
今回のプロジェクトでは、なぜ改善が必要なのか、現場のパートさんまで巻き込んで、意識付けのための説明会が開催されており、その成果が確実に現れていると感じることが出来ました。
センター見学後は、神奈川センターに先行してトヨタ生産方式を導入していた、首都圏センターと大阪センターからの直近の状況報告がありました。
緒方社長からは、区切りの報告会を持って満足して安心してしまうのではなく、継続して活動して行くことが大切であるとお話がありました。
Radixの会でも、すでにトヨタ生産方式を導入している生産者がいらっしゃいますが、ムリムダムラを無くして、作業を見える化し、分かりやすくして行くことが、業務の効率化し、職場環境の改善と人材の育成になることが、実感出来た報告会でした。
このような視点で、業務を見てみたことのない生産者・メーカーの皆様も、是非この考え方を取り入れて、業務の棚卸をされてみたら、如何でしょうか。
※ TPS報告会の資料等をご希望の会員様は、下記までメールにて、「TPS資料希望」と書き、メールアドレス、連絡先、部署、氏名をご記入の上、ご送信ください。
送付先:らでぃっしゅぼーや㈱SCM部 桃井宛
メールアドレス:momoi@radishbo-ya.co.jp
送信メールの件名に「TPS資料希望」
本文に①ご連絡先
②部署
③氏名
④ご感想・要望等
締め切り:2010年12月末日
【レポート】
2010-08-27
農業経営者定例セミナー 参加レポート
農業経営者定例セミナー
日時:平成22年8月17日(火) 16時~18時
場所:農業技術通信社内セミナー会場
テーマ:おいしさの科学-食の原点-
講師: 山野善正
《講師プロフィール》
1938年滋賀県生まれ。京都大学農学部農芸化学科卒業後、食品包装会社に勤務。レトルト食品の開発を担当し、手がけた崎陽軒のパック入りシュウマイはロングラン商品となっている。1968年より香川大学農学部で教鞭をとり、食品学科教授、農学部長として活躍した後退官。2006年より生活協同組合コープかがわ理事、2007年よりおいしさの科学研究所の理事長を務める。香川大学名誉教授。農学博士
《著編書》
「おいしさの科学事典」、「おいしさの科学」、「食品の物性」、「フィルム包装食品」、
「レシチン」など食品感性学、食品物理学、応用コロイド学などに関し30編
研修生の高橋です。
普段の生活の中でおいしさについて考えるということはなかなかありません。私の場合はさっき食べたあれはおいしかった、ぐらいのものです。
そんな私ですがおいしさに関してのセミナーに参加してきました。テーマはおいしさの科学。講師の山野先生は、食は人を作る原点であり、おいしい食は魅力的な人間を育むと考え、食べ物やおいしさの研究をしているそうです。
以下にセミナーの内容を個人的にまとめます。
おいしさの科学
―食の原点―
1、おいしさとは何か
2、おいしさの3要素
3、おいしさの評価
4、調理とおいしさの科学
5、まとめ
1.おいしさとは何か
食べ物の品質には3つの要素があり、それは栄養、安全性、おいしさです。栄養と安全性は食品に因るものですが、おいしさは同じ食べ物でも食べた人の感性によって変化するように、相対的なものなのです。
おいしさの要因は下記の4つ
①生理的要因
欠乏による生理的な欲求が強い場合、それを満たす食物はおいしい。
②文化的要因
民族や集団の中で発達した食文化に合致するものはおいしい。
③情報要因
情報(TV、思い込み)がおいしさを規定する場合がある。
④薬理的要因
欠乏していなくても本能的な報酬の会館を強く刺激する特殊な食品がある。
そして人の好み、嗜好の要因もいくつかに分けられる。
① 先天的要因
人種、民族、性別、体質
② 後天的要因
生活様式、地域の風土・習慣、宗教、教育
③ 現在の状態
年齢、健康、経験、職業、時代
このように、人の嗜好はもちろん、おいしさの要因というのも人によって大きく変化しうるものです。
2、おいしさの3要素
次に、おいしさとはどのような要素で構成されているのかということ。一般的には食べ物を口に入れて感じる「味」ですが、それはあくまで狭義の味です。
おいしさというのは、味、匂い、テクスチャー(食感)の3つの要素で構成されています。この3つはどういうものなのか、そして私たちはそれをどういう風に感じているのかを、それぞれ説明していきます。
【味】
先に述べたように味の感じ方や好みは人によって様々です。そもそもどんな味があるのかというと、各民族で認識される基本味としては、以下のものがあげられます。
日本: 甘、酸、塩、苦、辛、渋、旨
インド: 甘、酸、塩、苦、辛、渋、淡、不了味
中国: 甘、酸、塩、苦、棘(辛)、鮮
欧米: 甘、酸、塩、苦、アルカリ味、金属味
各地域ではこのような種類の味があると認識されていたが、その中の「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」の4つ、これをドイツのヘニングは4原味と名付けました。ヘニングはこの4つの味の組み合わせであらゆる味を作ることができるという説を唱えました。
しかし、今では食品には5つの基本味があるといわれています。日本の学者が「旨み」を発見し、発表したものが世界でも認められたからです。旨味はヘニングの4原味説だけでは説明できなかったのです。
味は舌の表面にある味蕾によって感じることができ、グルタミン酸、イノシン酸やグアニル酸というアミノ酸が旨味をもっています。これらのアミノ酸は一緒に食べることで、相乗効果によってよりおいしくなることがわかっています。例えば、日本のだしはグルタミン酸を多く含む昆布と、イノシン酸を多く含むかつお節が使われています。
【匂い】
食事の際に感じる匂いというのは実は2種類あって、食べる前と後で分けられます。匂いを感じるセンサーは鼻の奥の上の方にある嗅粘膜という場所にあり、外部の匂いだけでなく、体の喉の方からも匂いを感じているのです。
食べる前に感じる匂いによって私たちは食べるものを選別したり、食べ物の味を予想したりしています。匂いの種類は多様で、味にあるような基本味といえるようなものはありません。
また、食品の香気成分数を見てみると、
ブドウ 466、チェダーチーズ 213、かつおぶし 280、
などの固体に対し、液体はコーヒー 789、白ワイン 644、紅茶 537、と総じて固体よりも香気成分数が多い(香りが強い)傾向があります。
【テクスチャー】
テクスチャーというのは食品の物理(化)学的性質の総合的食感、または構造及びレオロジー的性質の食べるときの感覚(外観、噛む時の音、温度を含む)のことです。
舌で感じる味、鼻で感じる匂いは科学的なおいしさで、それに対して食感は物理的なおいしさといえます。おいしさに貢献する化学的なおいしさ、物理的なおいしさの割合を調べてみると、米や豆腐、ようかん、団子などではこの物理的な要因がおいしさの大部分を担っていると考えられています。
日本では外来産の食材を生で食べることが多く、テクスチャーを感じやすいため、それを表現するオノマトペ(擬声語)もかなりの数になります。
3、おいしさの評価
おいしさを評価する方法としては、官能検査と測定器を使った検査があります。
官能検査というのは人間が実際にモノを食べてそれについて評価するというものです。
測定器には、食味計、粘度計、匂いセンサーなどがあり、それらによって品種ごとのおいしさの評価や、生のときと調理したときの評価などができます。これによって目に見える形での客観的な品質評価、そして差別化ができるようになります。
4、調理とおいしさの科学
人が先天的にわかるおいしさには、砂糖の甘味、旨味、油のおいしさがあり、これは他の動物たちも当てはまります。
では、この味覚はいつごろから発達するのでしょうか。基本的な味覚機能は出生時に備わっていて、3歳頃から浩二の味覚機能は完成していくが、その程度は個人差があり、いかなる食生活をつんだかに依存します。
逆にいつから衰えたのかといえば、味覚の老化ははっきりとはしていません。60歳ぐらいからあるかもしれませんが、たいていの場合、味覚の衰えは薬剤性や亜鉛欠乏症といった病気などが原因で味覚障害となることがほとんどです。
では次にどのようにしたらよりおいしく食べられるのかを考えて見ましょう。
私たちが普段からしている料理もその方法の一つです。その時には香辛料や油、旨味物質(出汁)、発酵食品やアルコールといった味覚増強物質を使っています。
吸い物の塩分は0.8~1.0%が好まれますが、これは血液中の塩分濃度とほぼ一致しています。他にも、合わせ味による旨味の相乗効果などで体に良く、おいしく食べる方法を私たちは気づいていないうちに実践しているのです。
5、まとめ
農林水産省は食生活指針を定めています。これも正しいとは思いますが、もう少し付け足したいこともあります。
「癒しと健康の食生活指針」
1・毎日3回規則正しく食事する
2・食事の前後で「いただきます」、「ごちそうさま」を言う
3・できるだけ多種類の食材を食べる
4・日本の伝統料理や食材を大切にする
5・国産国消
6・自ら料理する
そして食事の作法として、重要なこともあります。
A・正しい箸の使い方をする
B・ひじをつかない
C・バックミュージックの廃止
D・「いただきます」「ごちそうさま」を言う
こういった正しい食生活、マナーが日本人には必要かと思います。
そして、生命の原点である本物のおいしい食の生理的・心理的充足により、心豊かな人間的な生活の達成を目指したいのです。
しかし今は日本全体での味覚の均一化が進み、人間の多様性もなくなっていると感じています。
種の多様性と同じように、食・味覚の多様性も重要なのです。多様なおいしい食事により、多様な魅力ある人が育まれる社会を作るべきなのです。
これは山野先生のセミナーを受けて、私がこんなことを言ってるのかなと思ってことを書いています。なのでこの記事を読んだだけで山野先生にケチつけたりしないようにお願いします。
ここからセミナーの感想
味覚の均一化というのは、作られる作物、食べ物が皆甘いものを目指していることだそうだ。全体的な傾向として、甘いものが増えている。
野菜の食味を計るときには糖度を見るものだし確かにその傾向はあると思う。その結果として苦いものや昔は食べていたものを食べなくなってきているだろう。
とはいえ、糖度や甘さを重視するようになったのは皆が甘くておいしい食べ物を望んでいたからではないのか。苦いものと甘いものでどちらかを選ぶなら甘い方がいいと思うし、野菜・果物に限って言えばおいしくなるのは良いことだろうと思っている。人が変わってきたのではなく、甘いものの入手のしやすさが変わってきたということではないでしょうか。
苦味・渋みのある野菜だって変わらずあるのだから認められなくなったわけではないはずだし。
味覚の均一化ということであれば、コンビニやファミレスなどの全国で同じ商品を出すチェーン店の方が問題はあるように思う。しかもこれらは大変便利でよく活用していて、なくなってしまったら困る人も多いだろう。
だから山野先生が言っているように食育、食生活の改善が必要になる。特に子供の内から進めるのが肝要だと思う。子供の食生活が変わり、大人になれば、それをターゲットにする飲食業界にも変化は出るのではないか。
地方からこつこつと変えていくことがまず必要なことだと感じます。
【レポート】
2010-08-09
食の学校セミナー 参加報告
2010年7月13日(火)、銀座の中央会館で開催された食の学校の定例セミナーに参加してきました。Radixの会 研修生の高橋です。
セミナーのテーマは漁業問題。自分も魚は大好きです。
魚が少なくなっているとは時折聞くことはありますが、それを実感したことは一度もありません。つい最近のクロマグロ漁獲規制についても海外からの不当な圧力に屈しなかった日本という風に見ていましたが、それはどうも認識が違っていたようです。ここでは、勝川先生のセミナーより特に印象深かったお話をご紹介したいと思います。
食の学校セミナー
講師 勝川俊雄さん
(三重大学生物資源学部 准教授)
<プロフィール>
昭和47年、東京都出身。東京大学理科Ⅰ類に入学するが「21世紀は食糧の時代になる」と確信し農学部に転部。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し水産資源管理の研究を始める。カナダのブリティッシュコロンビア大学に留学後、東京大学海洋研究所に職を得る。専門は、水産資源学。不確実なデータをもとに、乱獲を回避するための管理理論を数理モデルを使って研究して高い評価を得る。世界中の漁業の現場を周り、各国の資源管理を研究し、資源管理によって、日本の漁業を持続的な産業に再生するための社会活動を行っている。世界中の漁業の現場を周り、各国の資源管理に精通している。国内きっての漁業改革派の論客。日本水産学会論文賞、日本水産学会奨励賞を受賞。
<著書>
「魚のいない海」(NTT出版 監訳)、「海の生物資源」(共著)、「レジームシフト」(共著)
など
魚は、これから、食べられなくなる?
-消費者が知らない魚と漁業の話-
1・日本の漁業の現状
日本人の魚離れが進んでいると最近耳にします。一方、大西洋クロマグロ規制が話題となったように、海外では水産資源の減少が問題視されており、日本人は魚を食べすぎだとも言われているのです。実際のところ、日本の漁業はどうなっているのでしょうか。
日本人の一人当たりの水産物消費量は2000年頃に70キロほどになったのをピークに下がってきています。かつて、国内の漁獲量は消費量よりも多かったものの、それは70年代の話。そこをピークに漁獲量は、して減少を続けています。減ってしまった国産魚の分は輸入品で補われてきました。国産魚が無ければ輸入すればよいという考えで、私たちの食卓は満たされてきたのです。近年、日本での魚の消費量と輸入量は相関しており、魚を沢山輸入できれば消費量も増える傾向にあります。魚離れで消費者が食べないのではなく、国内の漁獲量も輸入量も減っており、そもそも出回る魚の量が減っているのです。
それでは、食卓に上ることになる国産天然魚、国産養殖魚、輸入魚の状況を見てみましょう。
A・天然魚
日本の漁獲量が落ちてしまった理由は、200海里規制によって遠洋漁船が撤退してしまったこと、そして東シナ海や日本近海で長い間乱獲を続けてしまったことです。日本周辺の魚は量も質もかなり低いものになっています。
B・養殖魚
日本の養殖生産は漁業生産全体の4分の1ぐらいありますが、大部分は貝と海草です。魚の生産量は少なく、ブリとマダイの2種が生産量の9割を占めています。さらに養殖魚の餌である魚粉の自給率は27%。輸入したくてもEUと中国が奪い合っていて入手するのもなかなか難しいのです。
C・輸入魚
和食ブームなどの影響で、世界中で魚が食べられるようになり、魚の輸入単価が上がっています。輸入量は海外に買い負け、年々減ってきています。中でも高級魚の輸入量はここ5年間で半分になってしまいました。
このように、いずれも厳しい状態で、このままでは魚を食べたくても食べられなくなるかもしれません。では次に日本人はどのくらい魚を食べているのか見てみましょう。
2・消費者を取り巻く環境
日本人1人当たりの魚の年間消費量は大体60キロぐらいです。しかし明治時代の消費量は年間10キロに満たなかったという統計もあります。魚を食べていたのは主に沿岸地域の漁村の人たちでした。それがここまで消費量が伸びたのは、冷蔵庫の普及や、国策によってタンパク質を魚から摂るという方針が取られたためです。日本人が魚を食べるようになったのは戦後の話なのです。
世界の一人当たり水産物消費量を見ると、日本はOECDでは、アイスランドに次ぐ第2位になっています。人口100万人以上の先進国の中では1位です。しかし、日本の水産物自給率は60%程度に過ぎません。これでは好き勝手に食べ続けていいわけがありません。これからも魚を食べていきたいと思うなら、持続性をもっと考えていかなくてはなりません。
お金があるから他国から輸入すればよいとか、魚が乱獲されても値段が下がっていいじゃないかとか思うかもしれませんが、そのツケは途上国や次の世代にいくのです。消費者にも持続性について考える義務があるのです。
そうは言っても消費者には乱獲された魚とそうでない魚の区別はつきません。そこでそれを見えるようにするために作られたのがエコラベルです。中でもメジャーなのがMSCエコラベルというもので、持続的な漁業で漁獲された魚だけに付けられるものです。世界ではMSCエコラベルの製品は普及しつつあり、MSC認証の商品しか売らないという小売店も増えてきています。日本での認知度は非常に低いのですが、なんらかの対策を取らなければ日本の漁業は衰退する一方です。消費者には漁業の実情を正しく認識してもらい、日本の漁業は今のままではまずいと問題提起して行かなくてはなりません。
3・日本漁業の問題点
日本の漁業システムは、組合などの組織に割り当てられた漁場があり、自分の漁場内での漁獲は、各組合の裁量に任されています。そこで漁獲枠の範囲で漁をするというもの。魚は当然移動するので、自分の漁場に魚がいるうちにすべてを獲ろうとするのは自然な成り行きでした。しかし、技術・漁法の進歩によって、今や漁獲能力は自然の生産力を完全に上回ってしまった。それによってさらに早い者勝ちの競争になり、魚は育たず、小さな魚しか獲れなくなってきています。
大きくなるのを待った方がよいのは皆わかっているものの、待っていれば誰かに獲られてしまう。だから小さくてもいいから獲りにいくしか手段の無い状態に日本の漁業者は追い込まれているのです。このままでは本当に魚がいなくなるかもしれません。
世界でも水産資源の枯渇は問題になっており、2048年に漁業は崩壊するという説を唱える人もいます。しかし、水産資源の管理をしっかりしていれば崩壊することはありません。資源管理をしている国の漁業は回復に向かっているし、それによって生態系のインパクトを修復できるのです。
4・日本と欧州の漁業比較
世界の漁業は二極分化が進んでいて、ノルウェー・アイスランドなどの国が順調に漁業生産を伸ばす一方、日本・ポルトガルといった国は漁業が産業として崩壊しています。この両者の違いが何かといえば政策の違いであり、資源管理をしている国、していない国で別れているのです。資源管理をしている国では漁業の構造が変わって生産的になるのです。
水産物輸出国であるノルウェーを見てみると、毎年輸出金額ベースで増加していて、13年で倍ほどになっています。ノルウェーも昔は日本と同じような状態で、魚を乱獲して資源を減らしていましたが、ほぼ禁漁猟にしました。それによって経済は大混乱しましたが、資源の回復には成功しました。きちんと卵を産ませる、生息地を守るといったことをすれば魚は戻ってきます。また、ノルウェーは再度乱獲には走らず、漁獲量を一定に保って高い品質を維持し、高値で売る選択をしました。これによって生産量は一定でも輸出金額を上げることに成功したのです。
また、ノルウェー人に聞くと補助金はよくないと言います。補助金によって非生産的なセクターが温存され、そこが利益を出さずに魚を消費してしまう。その結果、漁業産業が傾くことになってしまうのです。
また、欧州にはノルウェーだけでなく、ヨーロッパ全体で資源管理をしようという姿勢があります。日本との違いを見てみましょう。
<欧州の資源管理システム>
1.科学者が勧告した漁獲枠を遵守
-生物の持続性のみを考えて、きわめて保守的
2.漁獲枠を国ごとに配分
-国際的な枠組みで早獲り抑制
-国内での漁獲枠配分、漁具規制、販売については各国の裁量による
3.不正漁獲には国として厳しいペナルティーが与えられる
<日本の資源管理システム>
1.漁獲枠があるのは7種だけ
2.持続性を無視した過剰な漁獲枠
-科学を無視して役人が漁獲枠を決める
3.漁獲枠を超過して獲っても罰則はなし
欧州の厳密な管理システムと比較すると、日本の資源管理はとても管理と呼べる内容ではありません。
今の日本の漁業はひどい悪循環に陥っています。
漁獲量を増やせば資源が減少し、それによって収益は悪化。そして収益を増やすためにもっと漁獲を増やそうとする。必然的に漁業者はとにかく生き残ろうと必死の努力をしますが、それは結果として自分の首を絞めることであり、体力が尽きた経営体から潰れていくことになります。ここで国が補助金で延命助けようとするのもよくありません。必要なのは公的資金で乱獲をのサポートすることではなく、きちんと質が高い魚を安定的に取れる漁獲制度を作ることなのです。
5・クロマグロの話
つい先日、ワシントン条約で激減を続ける大西洋クロマグロの取引規制をしようという動きがありました。ワシントン条約というのは絶滅の恐れのある野生生物の国際取引を規制するもので、クロマグロはすべての取引を禁止する方向で動いていましたが、日本はそれに対して「留保」を表明し、一切従わない姿勢を示しました。日本のメディアは、これは不条理な規制であり「留保」はやむを得ないことだと報道しました。しかし本当にこれは欧米の資源囲い込みで、規制が理不尽かというと、私はそうは思いません。
もはやクロマグロが枯渇絶滅寸前なのは確かなであり、もはや獲り尽くすか禁漁するしかないところまで来ていると思います。その部分が日本ではあまり報道されて来ませんでした。
もうひとつの問題としては、資源管理をしてきたICCATという国際機関がありますが、ここの機関の資源管理能力が非常に低いことが挙げられます。ICCATは今まで資源に対して有効的な措置は何一つとってこなかったといってもいい。科学者が出したアセスメントを無視した漁獲枠を設定し、現実にはそれすら守られていなかったのです。
そのような背景があったから、ワシントン条約で取引を禁止しようということになったのです。2009年にはヨーロッパウナギがワシントン条約で取引を規制されましたが、日本はヨーロッパウナギの世界一の消費国でした。日本人もヨーロッパウナギの減少に大きく荷担していたのです。こういう歴史を繰り返してはなりません。だからこそ、大西洋クロマグロに対する今回の日本の姿勢は非常に残念なものでした。世界のひんしゅくを買いながらも絶滅の恐れのある資源を食べ続けるのが食文化だ、やむをえない選択だと言えるのでしょうか。
実は大西洋クロマグロを守りながら、日本人が今までと同様にマグロを食べ続ける方法はあります。難しいことではなく、日本の沿岸で獲れるマグロをしっかり管理していれば、日本人が消費している量は十分にまかなえるという話です。
日本海の大型巻き網拠点である境港では2004年からマグロの漁獲量が上昇していました。これはアジやサバをほぼ獲り尽したので、今度はマグロを獲りはじめた。結果、2009年にはマグロの親も獲りつくし、漁獲量、漁獲重量ともに激減してしまいました。問題はそれだけでなく、未成魚も獲られていることです。太平洋クロマグロの9割以上は1才までにカツオ程度のサイズで漁獲されています。この1歳以下のマグロ(ヨコワ)を7歳ぐらいまで待ってから漁獲すれば、漁獲重量は日本のマグロの流通量である4万トンを超えます。当然金額で見ても大幅に利益が上がる。そう考えると、今の漁業は非常に効率の悪いものなのです。
未成魚の乱獲をやめれば日本人が食べる分のクロマグロはまかなえる。しかもこの大きさになれば卵も産んでいる。きちんとした資源管理をしていれば、わざわざ海外の資源に頼る必要もないのです。
つまり私達がすべきことは、
1・漁獲枠をしっかり設定する。
2・大型船と組合に漁獲枠を配分する。
3・産卵期に産卵場でのマグロ漁を禁止にする。
これをやっていけば資源は復活する余地はあると思います。でも、現状の操業を続けたら、日本の漁業が成り立たなくなるのは時間の問題でしょう。
6・これからの「漁業」の話をしよう
とはいえ、情報収集、分析、政策設計、提言、情報公開を自力で行うには大変なお金と手間がかかります。だからこそ、これらを自力で行なえる第三者研究機関が必要だと考えています。
世界の中で漁業がうまくいっている国は全て保護団体が強い、つまり保護団体が口うるさいから国としても下手なことはできないのです。こうして海外の保護団体の働きかけがその国の政策設計のレベルを押し上げているのに対し、日本には強い提言を行う団体がないので、業界の意見だけで政策が決められてしまう。海外では消費者がそういった専門家を支援しているからこそ、国の予算や業界のしがらみにとらわれない専門家が自由に提言をできるのです。
日本でもそういった政策提言のできる専門組織を民間で作ることが必要です。そのためには消費者の意識改革が必要です。乱獲という問題が消費者に認知されていない中では消費者からのサポートには期待できません。私は第一の課題は消費者の教育だと考えています。消費者に今の日本、世界の漁業は大変だということ、魚を消費するということは持続性に対して責任が生じるということ、未来のための投資も必要になるということを様々な場面で発言したり、雑誌で発表したりしています。この問題をどのようにして消費者に伝えていくか、そして自分たちの問題として取り組んでもらうか、今はそれが大切です。日本の漁業を変えるためには、消費者を変える必要があるでしょう。


