農産

上村茂則/水の子会

2009-09-01

こんにちは Radixの会理事(農産部会) 水の子会の上村茂則です!

 P1000575
熊本、水の子会の上村です。

『早、30年が過ぎました』 
私たちの住む熊本県八代(やつしろ)は、水俣病で知られる県の最南端水俣市まで約一時間。
私はその水俣で今から32年前胎児性水俣病の子供たちと出会い、それが私の人生を大きく転換することになりました。

『言葉では言い表せないその悲惨さ』
人はみな健康に産まれてくることが当たり前だと思っていますが、何も知らないまま障害を背負ってこの世に誕生し、生涯その苦しみを背負って生きていかなければならない宿命を持って産まれてしまったのが胎児性の水俣病の子供たちなのです。
しかも当時彼らには社会の理解もなく不自由な体と共に偏見や、差別を受けたりと今では考えられない悲惨な生活を強いられていたのです。

『原因は人々の便利で快適な暮らしを求めるあくなき欲求から』
水俣病はチッソと言う会社が海に流した有機水銀が直接の原因だと言われていますが、もっと深く当時の社会を見てみると日本は敗戦から立ち直り戦後復興から高度成長期の転換点にあたり先進国に追いつけ追い越せの旗印の下、国家経済の優先と国民所得の向上にすべてが傾注され三種の神器や文明の利器と言う便利、快適な生活を謳った言葉がもてはやされていたのです。

P1000449
『元は家庭生活にあり』
私たち水の子会は同じ過ちを二度と繰り返してはいけない、この教訓を生かそうと立ち上がりました。
水俣病は海の汚染から始まりました。
私たちは目の前を流れていく川がやがては海に注ぐことはだれでも知っています。しかし汚いもの、汚れたものを川に捨てそれが下流へ流れてきれいな水が上流から流れてくれば前に捨てたものがそのまま海に流れて海が汚れていくことは意外と簡単に忘れてしまうものです。
そのことが水俣病を引き起こしやがて第二、第三の水俣病が世界各地に引き起こされた原因ではないでしょうか。
私たちはその教訓から、川や海を汚染しないよう有機農業の前にまず家庭生活からと石鹸運動に取り組み、水の子会は石鹸を使うことを会員の資格とし三十年たった今も変わることなく続いています。

『私たちの選択、水俣病再び?』
私はゴミを拾う行為それこそが大きな環境運動だと思っています。
今や人類は温暖化というとてつもない脅威に直面しています。
地球の温度を下げるとなると、とても私たち一市民の手に負えるものではありません。
しかし温暖化防止に役立つことは家庭生活でも農業でもその気になれば誰にでもできることがあるはずです。
目の前のゴミを拾うか拾わないかと同じように、ささいなことでも自分のこととしてみんなで取り組めば大きな一歩になるでしょう。なぜなら自然の恩恵の中でしか生きていけないことは誰でも知っているし、破壊された自然の脅威がどういうものか、もう二度と水俣病を経験してはいけないのです。
命をはぐくむ豊かな自然、きれいな水、豊饒の海、私たちが幼き頃遊んだこの当たり前の自然を次の世代にも味あわせたいものです。


この記事にコメントする

名前:
メール:
URL:
コメント:

RadixWebトップページへ

RSS2.0 /  Atom

Copyright 2010 Association of Radix. All rights reserved.